Trigger

1965(小学2年生)〜
 父親からゲルマニュームラジオの作り方を教わり、初めて自作ラジオから流れた曲が、アニマルズの”スカイパイロット”。以後テレビの歌謡曲には興味を示さず、ラジオから流れる洋楽のみを聴いて育つ。

 特に影響を受けたバンドがCREAM。ボーカルも無くインストだけでアドリブバトルをする彼らのスタイルは、他のポップミュージックとは全く別次元の崇高な芸術に思えた。「これが男の生きる道だ!」という間違った悟りを開き、以降父親のガットギターでクラプトンやジャックブルースを耳コピしまくる。

 中学時代の友人がエレキギターを所有しており、高校入学と同時にベースを購入しバンド結成する。そして高校のクラブは当然器楽部。このクラブにはその後プロ活動を開始する事になる 辻畑鉄也 (ピカソ)先輩が在籍。高校卒業後、先輩のコネで東京で音楽活動を開始する事となる。

Tokyo Days

1977〜
 辻畑先輩のコネで住所不定無職状態のまま大学のサークルに入り、ここでギターを本格的に取り組む。以降、辻畑先輩のバンドを経てフュージョンバンド・歌手のバックバンド等で活動。1979年には当時無名だった 松井五郎 率いる「風雅」というバンドでポップコン大会出場を果たす。この頃のお気に入りは、スティーリーダン、リトルフィート、トーキングヘッズ、ラリーカールトン、ブレッカーブラザース、スタッフ、チックコリアなど。この時代はスティーブガッドの全盛期でもあり、徐々にドラムに傾倒し始める。また、ギターでは特にスティーブカーンに注目。彼が率いるアイウィットネスによる六本木ピットインでのアドリブバトルに感動。幼少時代にCREAMを知ってしまった体は、コレから離れられないと再認識。

 しかしこの後、大学卒業・就職・結婚・Uターン・子育て等により音楽活動が著しく制約される時代を迎える事となる。

Awakening

1995〜
 ※※※ 現在関係者の証言取材及び記憶を呼び覚ましながら執筆中 しばらくお待ち下さい ※※※

Explosion

1997〜
 ※※※ 現在関係者の証言取材及び記憶を呼び覚ましながら執筆中 しばらくお待ち下さい ※※※


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